相撲の基本動作 — 四股・すり足・鉄砲から、ぶつかり稽古まで

四股・腰割り・伸脚・股割り・すり足・鉄砲といった相撲の基本動作と、申し合い・三番稽古・ぶつかり稽古という相手のいる稽古について、日本相撲協会が公開している解説資料をもとに、それぞれ何のための動作かを説明します。協会の「相撲健康体操」と、家で試すときの注意点もあわせて扱います。

まず全体像:相撲の稽古は二階建てになっている

相撲の稽古は、大きく二つの層に分かれています。一人でやる「基本動作」と、相手と組んで実際に相撲を取る稽古です。テレビで映る朝稽古は後者ですが、その土台は前者にあります。

日本相撲協会は「相撲基本動作」という解説書をPDFで公開しています(指導普及部・全52ページ、イラストは元力士の漫画家・琴剣、2012年の著作権表示)。そこでは基本動作を、こう定義しています。

相撲基本動作とは、相撲を取る時に、自分自身に基本の型をつくる為の動作です。

同書は効果を二つ挙げています。第一に、身体の均衡が取れること。重心を体の真ん中に置いて姿勢を正すことで姿勢が良くなり、特に下半身の安定がもたらされる、という説明です。第二に、怪我の防止。筋力系の運動器具に頼らず自分の体重だけを負荷として支える動きを続けるうちに、相手からの負荷にも対応できる、怪我をしにくい体がつくられる、としています。

同書はまた、基本動作が「飛んだり跳ねたりする跳躍以外の、足が地に着いた動きはほとんど網羅」されていると述べています。そして全ての動作に共通する注意として、足が地に着いているときは常に足の指に力を入れることを挙げ、「砂を噛むような感じ」と表現しています。

この基本動作は、新弟子が最初に叩き込まれるものです。同書には「相撲教習所では、入門したばかりの力士が、体を育む身体運動として、毎日欠かさず行っております」とあります。相撲教習所は国技館内にある協会の教育施設で、相撲博物館の展示解説(2012年)によれば、新弟子検査に合格して初土俵を終えた力士が半年間通い、昭和32年(1957年)の開設です。実技のほか、相撲史・運動医学・国語(書道)などの学科も学びます。

用語の整理をひとつ。 「相撲基本動作」という言葉には、広い意味と狭い意味があります。広い意味では四股・鉄砲・すり足など稽古場で日常的に行う基本を指し、協会も相撲健康体操の解説で「四股、鉄砲、すり足など代表的な基本動作」と書いています。一方、解説書『相撲基本動作』が扱うのは、次の十の型という決まった順番のセットです。

気鎮(きしず)めの型
塵手水(ちりちょうず)の型
四股の型
伸脚の型
仕切の型
攻めの型
防ぎの型
四つ身の型
反りの型
土俵入の型

これに附録として「上段の構え」「股割」「均整の型」の三つが付きます。この十の型の中に「鉄砲」「すり足」という名前の型は含まれていません(すり足の動き自体は附録の均整の型に出てきます)。稽古場の基本と、この型のセットは、重なりつつも同じものではない、と理解しておくと混乱しません。

そして十の型の前提として、五つの基本姿勢が示されています。

  • 蹲踞(そんきょ)の姿勢 — 解説書は「直立の姿勢から顎を引き、背筋を伸ばし胸をはったまま腰を下ろします」「両掌は自然と膝の上にのせます」「両膝は十分に左右に開き全身の力を抜きます」とし、相手に敬意を表す姿勢だと説明しています。取組の前後に力士が取る、あの姿勢です。なお、かかとを上げたつま先立ちで行う点は解説書の文中には明記されていませんが、デジタル大辞泉は蹲踞を「相撲や剣道で、つま先立ちで深く腰を下ろし、十分ひざを開き、上体を正した礼の姿勢」と定義しています。
  • 四股の構え — 右足、左足の順に開き、背筋を伸ばしたまま腰を下ろす。膝の角度は直角が目安、足の開きは「ハの字」。
  • 仕切の型 — 手を拳骨に握り、脇を締め、両肘よりやや前を腿の上にのせて腰を深く下ろす。
  • 中腰の構え — 四股の構えより少し高く、すぐに足を出せる動きやすい姿勢。
  • 直立の姿勢 — 相撲を取るときは弱い姿勢だが、基本動作の準備として大事な姿勢とされる。

四股(しこ)— 一本足で立ち、踏み込む

四股は、両足を左右に開いた構えから片足を高く上げ、力を入れて地面を踏む動作です。相撲の動作の中で最も広く知られています。

何のための動作か。 大きく二つあります。片足で全体重を支えることによるバランスと足腰の強化と、股関節を開いて使うことです。協会の相撲健康体操の図解は、四股の型の効用を「股関節、足腰の強化」「片足で立つことで、体のバランスを作る」と挙げ、「全身の重心を安定させる、足腰の基礎運動」と説明しています。足の裏側を刺激するため「冷え性にも有効」とも書かれています。

正しいやり方。 協会の解説書は、四股を三拍子で示しています。

  1. イチ — 軸足(たとえば左)に体重を移動する。『相撲基本動作』は「膝で体を持ち上げるようにする」、相撲健康体操の図解は「腰を上げず体重を移動」と表現しています。
  2. ニィ — 軸足の膝を伸ばしながら、反対の足(右)を上げる。健康体操の図解は「左足の膝を伸ばしながら、右足を上げ、左膝が伸びたところで少し静止」としています。
  3. サン — つま先から下ろすようにして、力強く踏み込む。

足の向きについて、健康体操の図解は「膝や指先は、およそ前45度方向で無理のない姿勢で」としています。基本姿勢の説明にある「ハの字」と同じことを、角度で言い換えたものです。

注意点として解説書が明記しているのは、次の二つです。

  • 前傾姿勢にならないこと。 常に胸を張り、姿勢を正しくして行う。
  • 手で足を持ち上げないこと。 上げる側の手は「フトモモに軽く添えてすべらせる」だけです。

ブリタニカ国際大百科事典も「膝は真横に開き、足は地面に踏んだ位置から引きつけずに上げ、尻を後ろへ出さず、上体から腰までをまっすぐにして踏まなくてはならない」としており、上体を折らずに踏む点は共通しています。足の高さを競う動作ではなく、軸足側の安定を確かめる動作だと考えると形を崩しにくくなります。

「四股」という字と、その意味。 ここは諸説あり、一つに決まっていません。

表記について、精選版日本国語大辞典は「『四股』は当て字。『醜(しこ)』の意かという」としています。辞典自身が「かという」と留保をつけた書き方です。協会の相撲健康体操の図解にも「古来は、醜といった」とあります。この「しこ」が否定的な語かどうかについては、『相撲大事典』(金指基原著、現代書館)が「古来、四股は『醜(強いもの、醜いもの)』に通じ」と、両義を併記しています。

意味・由来については、国立国会図書館が運営するレファレンス協同データベースに、千葉県立西部図書館が2020年に作成した回答事例があり、複数の説が書籍ごとに整理されています。そこで挙げられているのは次のような説です。

  • 邪気祓い・大地鎮魂説 —『大相撲の事典』『相撲大事典』などが、地中の邪気や悪霊を踏み鎮める神事に発したものとする
  • 農耕儀礼説 —『相撲 ものと人間の文化史』『相撲の宇宙論』などが、小野重朗の研究を引きつつ、土地の精霊に豊穣を祈る意味を指摘する
  • 死者鎮魂説 —『五来重著作集 日本人の死生観と葬墓史』が、呪的な足踏みで死者の荒魂を鎮めるものとする
  • 陰陽道の反閇(へんばい)との関連 —『日本民俗宗教辞典』などが、四股を反閇の一種と位置づける
  • 「四股」の股は方角だとする説 —『日本の民俗芸能』が、股は人間の股ではなく東西南北の四方を指すと考えるほうがよいとする

協会自身は相撲健康体操の図解で「『四股を踏む』ということは、地中の邪気を踏み固め、大地を鎮める神事から発したものである」「四股は、悪鬼、悪霊を鎮圧して、土俵を清める」と書いており、一つ目の説を採っています。ただし学術的にこれで決着しているわけではありません。諸説あるうちの一つと受け取るのが正確です。

なお、儀礼的な意味と、稽古としての意味は別物です。稽古の四股は準備運動であり筋力トレーニングであり、そこに宗教的説明が必ず伴うわけではありません。

腰割り・伸脚・股割り — 股関節をつくる三つ

四股を踏むには、その前段として股関節が開く必要があります。そこを担うのがこの三つです。

腰割り(こしわり)

足を肩幅より広く開き、つま先を外に向け、上体をまっすぐ立てたまま腰を真下に落とす動作です。膝が前に出ないようにし、膝とつま先の向きを揃えます。

用語について正確に書いておきます。「腰割り」という語は、日本相撲協会の『相撲基本動作』『相撲健康体操』の解説書には出てきません。両書がこの姿勢を呼ぶ名前は「四股の構え」です(膝の角度は直角が目安、足はハの字)。「腰を割る」という言い方は稽古の現場で使われ、たとえば時事通信の相撲コラムにも、ぶつかり稽古で押し切れないときに「その場で腰を割り」という記述があります。一般向けの健康法としては「腰割り」の名で広く紹介されており、実質的に四股の構えと同じ姿勢を指しています。

何のための動作か。 四股の出発点であり到達点でもある姿勢です。ここが安定していないと、片足を上げた瞬間に上体が流れます。太もも・臀部の筋力と、股関節を開いたまま体を支える感覚を同時に養います。

伸脚(しんきゃく)

四股の構えから片足を横に伸ばし、腰を落として沈み込む動作です。学校の準備運動でおなじみの動きに近いですが、細部が違います。

協会の解説書が指示しているのは次の点です。

  • 足幅は四股の型と同じ。そこから伸ばす側の足を「少し広げ」る(足の裏半分程度)
  • 伸ばした側のつま先は上に向け、かかとを突き出すようにして伸ばす
  • 曲げている側のかかとを上げない
  • 伸ばした方の足のつま先を見る(=視線で上体の向きを決める)
  • 号令のイチで「伸ばした足に体重をかける」、ニィで上体を真ん中の位置に戻す

かかとを浮かせると、伸びているように見えて実際には伸びません。相撲健康体操の図解は伸脚の効用を「足の筋肉をよく伸ばし、柔らかくします。膝の関節の血のめぐりをよくしたり、膝の関節の安定にも効果的です」「下半身の強靭性、柔軟性を養う股関節の運動です」と説明しています。

股割り(またわり)

開脚して上体を前に倒す、相撲の代表的な柔軟運動です。デジタル大辞泉は「ひざを伸ばしたまま尻を地面につけ、両足を大きく開いて、上半身を前に倒すもの」と定義しています。

協会の解説書のうち『相撲基本動作』では、附録の「股割」として示されています。両足を広げながら重心を下げ、拳(ゲンコツ)を床についてから尻をつける。そこから背中を叩いてもらう、片手を挙げる、左右に横振りする、前へ倒す、と進み、最後は拳で床を押し上げて自分で立ち上がります。一方、一般向けの『相撲健康体操』版は五番目の型として、開脚してすわり、左右に三回ずつ倒す・両手を前に出して左右に振って体をねじる・息を吐きながら前に倒す、という手順で、背中を押してもらう工程は入っていません。

これが一番、無理をしてはいけない動作です。相撲健康体操の図解は、股割りにだけ突出して長い注意書きを付けています。

強めの体操ですから、最初から強くせず、少しずつゆっくり行いましょう。伸ばして、痛みのない範囲でやりましょう。(中略)痛みのある方は気をつけて行ってください。不安定な症状のある方は、行わないでください。

力士が二人がかりで背中を押す映像が知られていますが、あれは指導者の管理下で、段階を踏んだ上で行われるものです。一般の人が真似して他人に押してもらうのは避けてください。

すり足と鉄砲 — 「前に出る」ための足と腕

四股・伸脚・股割りが体をつくる動作だとすれば、すり足と鉄砲は相撲の動きそのものを覚える動作です。

すり足

足の裏を土俵から離さず、擦るようにして前に進む動作です。

なぜ足を上げないのか。 理由は相撲のルールと直結しています。協会の相撲健康体操の図解の結びの文にあるとおり、相撲は「土俵という直径4.55メートルの円の中で力士がぶつかり合い、相手を土俵の外に出す、あるいは足の裏以外の部分を土俵につけると勝ちとなる」競技です。この直径は、協会の年表によれば昭和6年(1931年)4月の土俵改革で13尺から15尺(4.55m)に広げられた寸法です。この狭い円の中では、片足が浮いていれば押されても引かれても対応しにくくなります。足を着けたまま運べば、重心が上下せず、上体が安定したまま前に出られます。ただし、この「だから足を上げない」という因果の説明は、相撲のルールと動作の形から本サイトが組み立てたものです(後述の「確認できなかったこと」を参照)。

動作としては、つま先から先に出すのではなく、かかとを前に出す→つま先を戻すという運びになります。相撲健康体操の十一番目「均整の型」の図解に「かかとを前に出しスリ足で進む」「進んだ跡ができる」「つま先を戻す」と図示されています。腰を落とした姿勢を保ったまま進むため、見た目より下半身に効きます。

鉄砲(てっぽう)

鉄砲柱(てっぽうばしら)という柱に向かって、左右の手で交互に突く稽古です。稽古場に立てられた太い柱で、奈良県葛城市の相撲館「けはや座」のように、屋外に設置して誰でも使えるようにしている施設もあります。

辞典類の説明はこうです。

  • 精選版日本国語大辞典 — 「相撲で、両手をのばして、相手の胸部を強く突っ張ること。また、その突き。もろてづき。柱などを相手に、左右の手で交互に強く突いたり、左右同時に強く突いたりする、基本的な稽古もいう」
  • デジタル大辞泉 — 「相撲で、両手または片手に力をこめて、相手のからだをつきとばすもの。柱に手を打ち付けてその稽古をすることにもいう」
  • ブリタニカ国際大百科事典 — 「稽古場にある『鉄砲柱』に向かって行なう突っ張りの稽古法。左で突く場合は左腰を入れ、左足爪先の親指に力を入れて柱の方向にすり込んでいくのが本格」

辞典が示すとおり、「鉄砲」はもともと突きそのものを指す言葉で、柱を相手にした稽古はそこから派生した用法です。そしてブリタニカの記述が、稽古としての鉄砲の中身をよく表しています。鉄砲は腕立て伏せではありません。腕だけで押しても柱は動きません。腰を入れ、足の親指で床を掴み、すり足で前に運んだ力を、脇を締めた腕を通して柱に伝える。つまり鉄砲は、下半身の運び足と上半身の突きを一本につなげる稽古です。突っ張り(相手の胸などを強く突く攻め)の形を覚える動作でもあります。

協会は相撲健康体操の解説文で、四股・鉄砲・すり足に共通する狙いを「力士の能力を最大限に効率よく引き出すために重心を下腹部(臍下丹田=へその下あたり)に導き、体の中心軸である背骨を強く安定させるために独特で高度な工夫がされています」と表現しています。

なお前述のとおり、『相撲基本動作』十の型に「鉄砲」という型は含まれていません。十の型で突く動きに当たるのは「攻めの型」で、体重移動とともに片手を突き出し、反対の手は脇をしっかり締める、という形になっています。

申し合い・三番稽古・ぶつかり稽古 — 実際に相撲を取る稽古

ここからは相手が要る稽古です。巡業の場合、協会の説明では朝9時30分頃から10時30分頃にかけて稽古が行われ、まず幕下以下の力士が、その後は幕内・大関・横綱と、時間を追うごとに番付上位の稽古になっていきます。

申し合い(もうしあい)

デジタル大辞泉は申し合いを「相撲で、力量が互角の力士どうしのけいこ」と定義しています。時事通信の相撲コラムでも、申し合いは三番稽古と並ぶ「相撲を取る稽古」として挙げられています。

一般には、勝ち抜き方式の稽古として説明されます。土俵で二人が取り、決着がつくと負けた力士は土俵を降りる。周りで見ていた力士たちが「次は自分だ」と手を挙げ、勝った力士がその中から次の相手を指名する。勝ち続けた力士ほど番数を多く取れるので、調子のいい力士に稽古が集まる仕組みだ、というものです。ただしこの手順を明記した協会の資料や辞典は確認できませんでした(後述の「確認できなかったこと」を参照)。辞典から確実に言えるのは、力量の近い者同士で行う稽古だという点です。

三番稽古(さんばんげいこ)

実力が近い二人が、相手を替えずに何番も続けて取る稽古です。

ブリタニカ国際大百科事典は「相撲で実力がほとんど同程度の2力士が、2人だけで何番も続けてやる稽古の方法。数番から数十番に及ぶのが普通」と説明し、「稽古量が自然と多くなるため、地力をつけるのにいい稽古法」と評価しています。精選版日本国語大辞典も「勝負に関係なく、何番も続けて稽古すること」としています。

申し合いとの違いは、何を取りに行くかです。ブリタニカは、三番稽古には「『申し合い』のように、一番一番に死力を尽くしきれない欠点はある」と書いています。裏返せば、同じ相手と繰り返すため形を修正しながら試せる、そして必然的に番数=運動量が増える、という利点があります。

名前の「三番」については、デジタル大辞泉が「力量のほぼ同じ二人が三番続けて稽古すること。現在は何番でも続ける」としています。もとは文字どおり三番だったものが、実際の番数が増えて名前だけ残った、という説明です。ブリタニカも「『三番』ともいい、『三番いこう』といえば『2人だけで何番も稽古しよう』という意味」としています。

ぶつかり稽古

相撲を取る稽古が一通り終わったあと、最後に行われる稽古です。胸を出して受ける側(受け手)と、ぶつかって押す側に分かれます。

デジタル大辞泉は「二手に分かれ、受け方は守りを、ぶつかり方は押しと受け身の稽古をする」と定義しています。ブリタニカは「立ち合いの形」「受け身の形」「運び足の形」に分類して練習する、としています。時事通信の相撲コラム(若林哲治、2023年9月)は、より具体的にこう書いています。

  • ぶつかる側 — 仕切りの体勢から額で相手の胸に当たり、脇を締め、手を相手の胸や脇にあてがって押しながら出る。押し切ったら向きを変えて繰り返す。何回かに一度、受け手に左肩を突き落としてもらい、体を丸めて横転する。押し切れないときはその場で腰を割り、頭を押さえてもらって土俵の中をすり足で歩き回る。
  • 受け手 — 足を広げて右足を出して構え、心臓のない右胸に当たらせる。体重をかけながら押させ、途中や土俵際で踏ん張って残す。

目的は三つあります。押しの形と前に出る力をつけること、横転することで受け身を覚えること、そして受け手側にとっては体重のかけ方と踏ん張り方を身につけることです。同コラムは「はたかれて簡単に落ちる力士が増えたのは、ぶつかり稽古が足りないからだと言われる」という現場の見方も紹介しています。

一点、書いておくべきことがあります。ぶつかり稽古は、いわゆる「かわいがり」と結びつけて語られてきました。デイリースポーツのコラム(2017年11月)は「相撲界ではぶつかり稽古は時に『かわいがり』とも呼ばれる」としたうえで、「『かわいがり』には先輩が後輩を厳しく指導する意味もある。ただ本来の意味は、上位力士が下位力士が強くなるように猛稽古を付けてやること」と説明しています。同コラムは、同じ時期に起きた暴行問題を取材しながら「相撲界独自の文化を考えさせられる」と結んでいます。稽古としてのぶつかり稽古と、制裁としての暴力は別のものですが、外形が似ているために区別しにくいという論点が存在することは押さえておいてください。個別の事件や訴訟の事実認定には、この記事では立ち入りません。

日本相撲協会が公開している「相撲健康体操」

ここまでの基本動作を、一般の人が安全にできるようにまとめたものが、日本相撲協会の相撲健康体操です。協会の公式サイトで、イラスト図解のPDF(指導普及部・総合企画部)と解説動画が無料で公開されています。

なぜ協会がこれを作ったのか。公式サイトの説明は、生活様式の変化で歩く機会が減り、それが足腰の弱化を招いた、という問題意識から始まります。そのうえで「その相撲の基本動作の型を手本にし、身近で親しみやすく、子どもからお年寄りまで、女性、男性、どなたでも楽しくおこなう事ができる健康体操が、考案されました」と述べています。

構成は十二の型です。

主な内容
気鎮(きしず)めの型 蹲踞の姿勢で腹式呼吸。鼻から吸い、口から吐く
塵浄水(ちりちょうず)の型 手をもみ、胸を大きく広げる。肩関節の運動
四股の型 片足を上げて踏み込む。股関節・足腰の強化
伸脚の型 片足を横に伸ばす。股関節の柔軟
股割り 開脚して上体を前に倒す
仕切りの型 足の指で地面をつかみ、握った手を開きながら押し出す
攻めの型 体重移動しながら片手を突き出す
防ぎの型 体重移動で足首・膝を強くする
四ツ身の型 足首・膝と両手首の運動
反りの型 上半身をひねり、反らす
十一 均整の型 すり足で進み、手を上へ伸ばす。全体の総仕上げとなるバランス運動
十二 土俵入りの型 全身の力を抜き、腹式呼吸で締めくくる

呼吸で始まり、体を動かし、呼吸で終わる構成です。すり足は十一の均整の型に、四股・伸脚・股割りはそのまま独立した型として入っています。鉄砲は柱が要るため、この体操には含まれていません。

由来の説明が付いている型もあります。二の塵浄水の型について、協会の図解はこう説明しています。まわしひとつで正々堂々と相撲を取ることを誓う礼儀を表わすものである。「塵」は雑草や木の葉を意味し、「手水」は手洗いを意味する。手のひらでもみ上げるのは、昔、野天で相撲を取った時に雑草や木の葉をむしり取って手を清めた為である。そして、そのあと両手を大きく広げる動作が、手についた雑草や木の葉を振り落とす所作にあたり、これを「塵を切る」といいます。取組前に力士が手を擦り合わせ、左右に開く、あの一連の所作です。

実際に体験する機会もあります。協会は毎年夏、両国国技館の正面広場で「夏休み!! 相撲健康体操 in 国技館」を開催しています。令和7年(2025年)は第十五回で、8月4日から28日までのうち平日14日間、朝7時30分から8時までの約30分、雨天決行、参加費無料・予約不要、子どもから大人まで誰でも参加できる、というのが公式告知の内容です。

なお、効果についての注記。公式サイトは相撲健康体操の効果として、筋肉の緊張がほぐれること、血の流れの改善、消化吸収や新陳代謝の促進、脳の活性化、疲労回復、ストレス解消、老化防止、体の機能回復などを挙げています。これらは協会自身による説明であり、個々の効果を独立に検証した結果を確認したわけではありません。医学的な効能を保証するものとしては読まないでください。

家で試すときの注意

相撲の基本動作は、道具も広い場所も要りません。だからこそ、いくつか押さえておくべきことがあります。

協会自身が挙げている注意事項が、そのまま一番の指針です。相撲健康体操の図解には、次の五点が明記されています。

  • はだしで地面を踏みしめて行うのが理想です
  • 年齢、体質、目的によって、それぞれの加減を行ってください。軽く短い時間でも毎日続けて行いましょう
  • 大きな声で、気合いを入れましょう
  • 「礼に始まり礼に終わる」、を本分としています
  • 効果を上げる為にバランスのとれた栄養と充分な睡眠をおすすめします

ここに、初心者が実際につまずきやすい点を補足します。

1. 集合住宅では四股を「踏まない」。 四股の三拍子目は「力強くふみ込む」動作です。マンションやアパートで真下に踏み込めば、階下への振動になります。踏み込みを省いて、足を静かに下ろすだけにする、あるいは腰割り・伸脚・すり足に置き換えるのが現実的です。屋外や土の上でできるなら、そちらの方が本来の形に近くなります。

2. 股割りは他人に押してもらわない。 前述のとおり、協会の図解自体が股割りを「強めの体操」と位置づけ、「最初から強くせず、少しずつゆっくり」「痛みのない範囲で」「不安定な症状のある方は、行わないでください」と明記しています。開脚は無理に角度を出すと股関節周辺や内転筋を痛めます。痛気持ちいいの手前で止めるのが原則です。

3. 膝とつま先の向きを揃える。 腰割り(四股の構え)で膝が内側に入る、つま先だけが外を向いて膝が付いてこない、という形は膝を痛める典型です。協会の解説書は膝の角度を直角、足の開きを「ハの字」、健康体操の図解は「膝や指先は、およそ前45度方向」としています。深く落とすことより、膝とつま先の方向が一致していることを優先してください。

4. 上体を前に倒さない。 四股でも腰割りでも、疲れてくると上体が前傾します。『相撲基本動作』は四股について「前傾姿勢にならないように、常に胸を張り、姿勢を正しくして行う」と明記しています。前傾したら回数が足りている合図です。無理に続けるより、そこでやめる方が安全です。

5. 足の指を使う。 協会が全動作に共通する注意として挙げているのが、足の指に力を入れること(「砂を噛むような感じ」)です。裸足で行うと自然にこの感覚が出ます。厚いクッションのある靴やベッドの上では、その感覚は得られません。

6. ぶつかり稽古・鉄砲は家庭向きではない。 ぶつかり稽古は受け手の技術と土俵という前提があって初めて成立するもので、素人同士でやるべきものではありません。鉄砲も、家庭の壁や柱に体重をかけて突けば建具を壊すおそれがあります。壁を押す動作に留め、突かないのが無難です。

7. 痛みや持病がある場合は医療者に相談する。 腰痛・膝痛・股関節の症状がある方、高血圧や心疾患のある方は、自己判断で始めず、かかりつけ医や理学療法士に相談してください。協会の図解も股割りについて「不安定な症状のある方は、行わないでください」としています。

最後に、順番についてひとつ。相撲健康体操は呼吸(気鎮めの型)から始まり、上半身をほぐし、四股・伸脚と負荷を上げ、股割りで柔軟をとり、最後に呼吸で締めます。いきなり股割りから始めないという構成そのものが、協会の示した安全な順序です。迷ったら、公式PDFの順番どおりに通してみるのが確実です。

このページに出てきた言葉

四股しこ
両足を左右に開いた構えから片足を高く上げ、力を入れて地面を踏む相撲の基本動作。
蹲踞そんきょ
深く腰を下ろし、両膝を左右に大きく開いた姿勢。デジタル大辞泉は「つま先立ちで深く腰を下ろし、十分ひざを開き、上体を正した礼の姿勢」とし、日本相撲協会は「相手に敬意を表す姿勢」と説明している。
腰割りこしわり
足を大きく開き、上体をまっすぐ立てたまま腰を真下に落とす姿勢。協会の解説書では「四股の構え」と呼ばれ、「腰割り」の語は使われていない。
伸脚しんきゃく
四股の構えから片足を横に伸ばし、腰を落として沈み込む柔軟動作。
股割りまたわり
膝を伸ばしたまま尻を地面につけ、両足を大きく開いて上半身を前に倒す、相撲の柔軟運動。
すり足すりあし
足の裏を土俵から離さず、擦るようにして前に進む足の運び方。かかとを先に出して進む。
鉄砲てっぽう
もとは両手をのばして相手の胸を強く突っ張ること。そこから、柱に向かって左右の手で交互に突く稽古も指す。
鉄砲柱てっぽうばしら
鉄砲の稽古のために稽古場に立てられた太い柱。
突っ張りつっぱり
両手または片手で相手の胸などを強く突く攻め方。
申し合いもうしあい
デジタル大辞泉では「力量が互角の力士どうしのけいこ」。一般には勝ち抜き方式の稽古として説明される。
三番稽古さんばんげいこ
実力の近い二人が相手を替えずに何番も続けて取る稽古。もとは三番続けることを指したが、現在は番数を限らない。
ぶつかり稽古ぶつかりげいこ
胸を出して受ける側とぶつかって押す側に分かれ、相撲を取る稽古の最後に行う稽古。
塵手水ちりちょうず
蹲踞して手を擦り合わせ、左右に開く所作。協会資料では『相撲基本動作』が「塵手水」、『相撲健康体操』が「塵浄水」と表記する。手を広げる動作を「塵を切る」という。
臍下丹田せいかたんでん
へその下あたりの部位。相撲では重心を導く場所として説明される。
仕切しきり
拳を握り、脇を締めて腰を深く下ろした、立ち合い前の構え。協会の基本姿勢の一つ。
相撲教習所すもうきょうしゅうじょ
新弟子検査に合格し初土俵を終えた力士が半年間通う、国技館内にある日本相撲協会の教育施設。昭和32年(1957年)開設。
反閇へんばい
陰陽道で行われる、地を踏み鎮める呪術的な足踏みの作法。
かわいがりかわいがり
相撲界の言い方。デイリースポーツのコラムは「本来の意味は、上位力士が下位力士が強くなるように猛稽古を付けてやること」としつつ、暴力との線引きが問題になってきたと伝えている。

確かめきれていないこと

このページを作るときに、出典で裏を取りきれなかった点や、資料によって説が分かれる点です。 隠さず書いておきます。

  • 四股の由来は定説がない。レファレンス協同データベースの回答事例(千葉県立西部図書館、2020年作成)には、邪気祓い・大地鎮魂説、農耕儀礼説、死者鎮魂説、陰陽道の反閇との関連説、「股」を東西南北の四方とみる説が並記されている。日本相撲協会は一つ目の説を採っているが、学術的に決着したものではないため、本記事では断定を避けた。
  • 「四股」の表記が「醜(しこ)」に由来するという説明は、精選版日本国語大辞典に「〜の意かという」という形で載っており、辞典自体が断定していない。「しこ」が強いものの意も含むという説明は、上記レファレンス事例が引く『相撲大事典』(金指基原著、現代書館、2011)の「醜(強いもの、醜いもの)」という記述にもとづく。ただし語源そのものが確定しているわけではない。
  • 「申し合い」について、勝った力士が次の相手を指名する勝ち抜き方式だという手順は広く紹介されているが、日本相撲協会の公開資料でも、デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典・ブリタニカ国際大百科事典でも確認できなかった(辞典が述べているのは「力量が互角の力士どうしのけいこ」という点のみ)。本文では一般的な説明であることを明示した。
  • すり足について「足を上げた瞬間が崩されやすい」という因果の説明は、相撲の勝敗条件と土俵の寸法から本サイトが組み立てたものであり、日本相撲協会がその理由をこの形で明記した資料は確認できなかった。
  • 相撲健康体操の成立時期・考案者について、1930年代に原型が考案されたといった記述がインターネット上に見られるが、日本相撲協会の公式サイトにもイラスト図解PDFにも考案者名・考案年の記載はなく、一次資料で確認できなかった。公式に確認できるのは、解説動画が平成18年(2006年)8月製作であることのみ。なお、相撲健康体操が相撲教習所のカリキュラムに含まれるという記述は協会資料で確認できなかったため、本文から削除した。
  • 腰割りがスクワットに比べて大殿筋の筋活動が多い、膝・足関節への負担が少ない、といった趣旨の研究があると複数のサイトが紹介しているが、原論文にたどり着けず内容を確認できなかったため、本文には数値・結論を記載していない。
  • 日本相撲協会が挙げる相撲健康体操の効果(脳の活性化、新陳代謝の促進、老化防止など)は協会自身の説明であり、独立した検証結果は確認していない。
  • 相撲教習所の「約325期・約5,500人が卒業」という数字は、相撲博物館の2012年の展示解説時点のもの。現在の数字は確認できなかった。開設年(昭和32年=1957年)も同展示解説による。
  • 『相撲基本動作』十の型には「鉄砲」「すり足」という名称の型が含まれていない(PDFの全ページを確認)。一方、協会は相撲健康体操の解説文で四股・鉄砲・すり足を「代表的な基本動作」と呼んでいる。両者の位置づけの違いについて、協会による説明は見つけられなかった。
  • 同じ所作について、『相撲基本動作』では「塵手水の型」、『相撲健康体操』では「塵浄水の型」と、公式資料内で表記が異なる(読みはいずれも「ちりちょうず」)。同様に「仕切の型」と「仕切りの型」も表記が揺れている。使い分けの理由は確認できなかった。
  • 「腰割り」という語は日本相撲協会の公式解説書(相撲基本動作・相撲健康体操)には見当たらず、公式には「四股の構え」と表記される。一般向けの健康法としては「腰割り」の名で広く紹介されており、本記事では両者を同じ姿勢として扱ったが、稽古現場でどこまで厳密に区別されているかは確認できなかった。
  • 伸脚の体重のかけ方について、『相撲健康体操』図解は号令のイチで「伸ばした足に体重をかける」としている。一般的なストレッチの説明(曲げた側の脚に沈み込む)と表現が食い違って読めるが、協会による補足説明は見つけられなかったため、図解の文言をそのまま示した。
  • 四股の一拍子目について、『相撲基本動作』は「ヒザで体を持ち上げるようにする」、『相撲健康体操』は「腰を上げず体重を移動」と、協会資料内で表現が異なる。両者の関係についての説明は確認できなかったため、両方を併記した。
  • ぶつかり稽古と「かわいがり」の線引きについては、デイリースポーツのコラム(2017年)が両者の関係に触れているが、原稿段階で挙げられていた山陰中央新報の記事URLは現在アクセスできなかったため、出典から外した。個別の暴力事件・訴訟の事実認定には立ち入っていない。
  • 日本相撲協会公式サイトの各ページは、通常のブラウザ以外からのアクセスをエラーページに転送する。URL自体は有効である。

出典

  1. 日本相撲協会「相撲基本動作」(相撲いろは)
  2. 日本相撲協会『相撲基本動作』解説PDF(指導普及部・全52ページ)
  3. 日本相撲協会「相撲健康体操」(相撲いろは)
  4. 日本相撲協会『相撲健康体操』イラスト図解PDF(指導普及部・総合企画部・全16ページ)
  5. 日本相撲協会「協会のあゆみ」(昭和6年4月の土俵改革・直径13尺を15尺=4.55mに)
  6. 日本相撲協会「令和7年 第十五回 夏休み!!相撲健康体操 in 国技館」
  7. 日本相撲協会「巡業の一日」(朝稽古の時間帯 9:30頃〜10:30頃)
  8. レファレンス協同データベース(国立国会図書館)「相撲で四股を踏むのはなぜか」千葉県立西部図書館・2020年
  9. コトバンク「四股」(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典・ブリタニカ国際大百科事典)
  10. コトバンク「鉄砲」(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典・ブリタニカ国際大百科事典)
  11. コトバンク「股割」(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)
  12. コトバンク「三番稽古」(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典・ブリタニカ国際大百科事典)
  13. コトバンク「ぶつかり稽古」(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典・ブリタニカ国際大百科事典)
  14. Weblio辞書「申し合い」(デジタル大辞泉)
  15. Weblio辞書「蹲踞」(デジタル大辞泉)
  16. 時事ドットコム「コラム ぶつかり稽古をもう一度 若林哲治の土俵百景」(2023年9月6日)
  17. インターネットミュージアム/相撲博物館「相撲教習所のすべて」展(2012年)
  18. 葛城市相撲館「けはや座」鉄砲柱に突っ張り(奈良県葛城市公式サイト)
  19. デイリースポーツ「ぶつかり稽古とかわいがり、相撲界独自の文化に思うこと」(2017年11月26日)